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沿革・施設

相楽園の沿革

相楽園は、元神戸市長 小寺謙吉氏の先代小寺泰次郎氏の本邸に営まれた庭園で、明治18年頃から築造に着手され、明治末期に完成したものです。昭和16年以降神戸市の所有となり、中国の古書『易経』の一節にある「和悦相楽(わしてよろこびあいたのしむ)」からとって「相楽園」と名付けられ、一般に公開されるようになりました。なお、平成18年1月26日に相楽園が国の登録記念物(名勝地)に登録されました。

19,566m2の敷地の中にある庭園は、池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)日本庭園で、飛石や石橋を渡り、流れや滝など深山幽谷(しんざんゆうこく)の風景を見ることができます。蘇鉄園(そてつえん)や樹齢500年と伝えられる大クスノキ、春に咲くツツジの花やモミジの紅葉も見事です。

また、重厚な正門と欧風建築の旧小寺家厩舎(重文)、保存のために移築された船屋形(重文)、旧ハッサム住宅(重文)のほか、茶室浣心亭(かんしんてい) が庭園の景観と調和しています。

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日本庭園

相楽園は、神戸市の都市公園で唯一の日本庭園です。

約20,000m2の敷地の中にある庭園は、池泉回遊式日本庭園。飛石や石橋を渡り、流れや滝石組など深山幽谷の景を見ることができます。他に蘇鉄園や樹齢約500年と伝えられる大クスノキ、5月初旬頃に咲くツツジの花が見事。

また総ケヤキ造の正門と欧風建築の旧小寺家厩舎(重要文化財)、保存のために移築された船屋形(重要文化財)、旧ハッサム住宅(重要文化財)のほか、茶室浣心亭が庭園の景観と調和しています。

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船屋形(重要文化財)

江戸時代、姫路藩主が河川での遊覧に使っていた『川御座船(かわござぶね)』の屋形部分だけが陸上げされたものです。建造年代は、1682〜1704年の間と推定されます。昭和55年に保存のため移築されました。

木造2階建、切妻造桧皮葺(きりつまづくり ひわだぶき)で内部は1階2階とも3室に分かれていて、前方より「床机の間」「上段の間」「次の間」となっています。

木部は内外とも全てを春慶塗(しゅんけいぬり)と黒漆塗に塗分け、長押(なげし)や垂木(たるき)の先には金箔を施した飾り金具を打つなど非常に華麗で繊細な造りとなっています。

現存する川御座船としては、国内で唯一のものです。(昭和28年8月29日重文指定)

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旧小寺家厩舎(重要文化財)

小寺謙吉氏が河合浩蔵氏に設計を依頼、明治43年頃に建築した厩舎(きゅうしゃ)です。円型の塔屋・急勾配の屋根や屋根窓・豊富な切妻飾り(きりつまかざり)など、変化に富んだ意匠で飾られています。

広場に面して北側1階には馬車を入れる車庫、2階には厩務員のための宿舎、東側は高い吹抜けの天井をもつ馬房があります。(昭和45年6月17日重文指定)

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旧ハッサム住宅(重要文化財)

英国人貿易商のハッサム氏が、明治35年頃異人館街(北野町)に建てて住んだもので、設計は英国人によるものです。木造2階建、寄棟造棧瓦葺(よせむねづくり さんかわらぶき)の和洋折衷建築物です。昭和36年に神戸市が寄贈を受け、昭和38年に移築されました。

なお、前庭のガス灯2本は、明治7年頃当時としては非常に早い時期に、外国人居留地に街灯用として建てられていたものです。

阪神・淡路大震災時に屋根から落下した煙突を前庭に保存しています。(昭和36年6月7日重文指定)

※内部は公開されていません。

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相楽園会館

相楽園会館は、神戸市を訪れる内外の賓客の接遇や市が主催する会議、催し物その他の諸行事の会場として建設されたものです。

建物は庭園の景観を損なわないように工夫設計されていて、特に室内からの庭園の眺めはすばらしく、1階はレセプションや会議を催すための大ホールおよび控室などがあります。

2階には和室・大会議室などがあり、和洋の設備を備えています。

※相楽園会館に関するお問い合わせ(078-341-1191)

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